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サイレンス
 
 歩いている途中で僕は突然蝉が鳴いていることに気づいた。それは大きくもなく、小さくもなく、ちょうど雑踏に紛れ込む中くらいの声だった。意識をすればうるさくも思える声なのに、僕はさっぱり気づかずに何度通り過ぎたのだろう。
 
 空いていた車内は途中の駅から混みはじめ、一番端のシートに座っていた僕の横に若い女の人が立った。杖を持っていることで、目が不自由なのはすぐ分かった。席を譲ろうかとも思ったが、もしかしたらこのドアの横が彼女の定位置なのかもしれない。下手に譲って気を使わせるかもしれないし、降りる勘が鈍ってしまうかもしれない。
 目が不自由な人に席を譲るのが当たり前の行為なのか判断しかね、かわりに僕はヘッドフォンから流れる音楽のボリュームを下げた。そして彼女は僕の聞こえない音がたくさん聞こえるのだろうな、と思った。
 シートに座ったまま、僕は目が不自由な少年の映画を思い出していた。「サイレンス」と「太陽は、ぼくの瞳」。後者のほうが好みだったが、勝手に僕が想像した彼女の世界は音と色彩を前面に押し出した「サイレンス」に近かった。バスに乗り仕事場へ向かう途中、きれいな音楽の音色にふらふらとついて行ってしまう少年。
 ぼんやりとそんなことを思っているうちに、彼女は僕が降りる一つ手前の駅で降りた。
 
 僕の住む町のどこからか、お囃子の音が聞こえる。小さな商店街にはいつの間にか堤燈が飾られている。浴衣姿の人たちが、うちわを片手にゆっくりとどこかへ流れてゆく。空はとうに暮れていたが、公園内では子供たちがボールを高く放っては掴む遊びに興じていた。この町の子供にとって今日は特別な日なのかもしれない。子供も少しだけ夜遊びできる、そんな特別な日。
 どこから音が聞こえるのか、立ち止まり人の流れを振り返ってみたが、僕には分からない。音だけをたよりに歩いてみようか、と考える僕の足は相変わらず方向が変わらない。いつもより少しだけ多くの人たちとすれ違いながら、まだ知らないことも多いこの町に自分が住み始めてちょうど一年が経ったのだ、と僕は気づいた。
 






























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