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たまには笑ってみたり
 
 雨戸をぴしゃりと閉めたこの部屋は暗すぎる。時間の流れも外界も漠然としていて、部屋から顔を出したら実はこの空間だけ四角い箱になって宇宙を漂っていたりするのかもしれない。現実感のなさは心をさざめかせる。自分がどこにいるのか分からなくなってきた。
 
 雨戸を半分がらがらと開ける。向光性の植物のような気分だ。開け放った窓から道ゆく人が見える。老人ばかりでみな庇のついた帽子をかぶっている。途切れることのない蝉の声も、時折鳴る風鈴の音も、道ゆく老人も全て晩夏の演出に思える。
 少し大きすぎた風鈴の効果音に、彼は目を醒ましたようだ。
「おはようございます」
 寝起き独特の掠れた低い声。もう午後2時なのになと笑いそうになりながら挨拶を返す。
「おはようございます」
 自分の口から出た声も同じトーンで、何やら他人から発せられたような妙な気分になる。
 
 駅への見送りの途中にあのトラックを目にする。
「たまにあそこで桃を買うんだ」
 別に意味はなかったが、何となく言ってみたかった。が、自分の耳に届いた少し得意げな響きですぐに気恥ずかしくなる。東京に住んでいるなら兎も角、作り物ではない自然に囲まれているはずの彼に、こんな風景は珍しくないだろう。ここで暮しているからこそ、あの赤茶けた風景を愛しく感じるのかもしれない。
 改札で握手を交わしたその手を何度か振った後、僕はまた誘蛾灯に吸い寄せられる虫のようにふらふらとトラックへ向かう。桃だけだと思っていた積荷は色とりどりで、計算などされているわけもないその配色は絶妙だった。太陽の下で見る果物はきれいだ。アジアのバザール、露店に騒然と並べられた商品は、きっと僕を興奮させるのだろうなといつも思う。
 奥には樹からつい今しがた採ってきたという風なバナナがあった。見事な房で何も考えず手に入れてしまいたい衝動にかられる。しかもコイン一枚でそれは僕のものになる。とても魅力的だったが、やはり僕はその後のことを考えバナナから視線を剥がした。あれでは一週間バナナのみで暮すことになるだろう。
「梨はいくらですか?」
 おじさんが値段の書かれたダンボールの切れ端を押し出す。僕が視線をそらすと
「そっちに5個500円のもあるよ」
と道端を見やった。
「じゃぁそれをください」
 袋に入れようとした奥さんにおじさんは
「こっちの入れてやっていいよ」
と言う。トラックに積んである方、倍の値段の梨だ。素直に嬉しく思った僕は
「それから…この桃も」
と付け足した。
 果物の詰まったビニールを二つ手に持ち僕は歩く。手を振り重さに身を任せながら、今日は確かに夏の日だ、と思う。
 






























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