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銀河鉄道
 
 地下鉄に乗り、鞄に手を突っ込んだ刹那、読みかけの文庫本をテーブルの上に伏せる自分が見えた。文字通りの手持ち無沙汰。決まりの悪いその手でつり革を掴む。
 タクシーに乗ったあの男はどうなるのだろうか。何年も前からとっくに決まっている結末を知ることが出来ないなんて、なんだか可笑しな気分だ。そう思いながら顔を上げると、黒い車窓に映る冴えない自分と目が合った。だから本のない地下鉄は苦手だ。僕は逸らした目線の先に少し戸惑ったが、広告を眺めるくらいしかやり過ごす手を思いつかなかった。
 専門学校の体験入学がいつだとか、消費者金融の利息は何%だとか、興味ない情報の羅列。それを一枚一枚丁寧に眺め、全ての文字を追ったところで視線を横にずらす。その作業を繰り返すうちに、僕の目はある一枚の紙の上でとまった。
 ドアの上、扉二枚分に渡る細長い広告。白のゴシック体で「福島 宮城 青森」と綴られている。目を細め思考錯誤してみたが、蛍光灯の光の反射に遮られ、他のことは分からない。旅行会社であることは簡単に察しがつく。が、宮城のどこを観光するものなのだろう。秋保、作並…あるいは鳴子や遠刈田だろうか。いずれにせよ温泉地のような気がする。頻繁に貼り替えられる鮮やかな色の広告たち。その中で何故かそれだけが色褪せ、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。多分広告の表面を覆う透明なフィルムが古惚けた所為だろう。けれどその色は、世間が思う「東北」のイメージそのものだった。
 暗く細い空間を電車は滑ってゆく。硬いはずの前方車両は、まるでゴムのようにぐにゃぐにゃと曲がる。景色の見えない地下鉄の電車は真っ直ぐ進んでいる、と無意識に感じていた僕の目に、その光景は不思議なものとして映った。なんだか変な気分のまま、銀河鉄道を走る列車もこんな感じなのかもしれない、と思った。
 気体の漏れるような音、続いて開かれる扉。駅へ一歩踏み出す前に先程の広告をちらと見遣る。島々と一緒に海に浮かんでいたのは「松島」の文字。そうか、松島か。至極もっともな答えだ。
 僕は笑いを噛み殺しながら、プラットホームを大股で歩いた。そして、あの人が宮城へ来たときはどこへ案内してやろう、と思った。
 






























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