index




 
銀の小道
 
 Y字路を左へ曲がり、しばらく歩くと銀の小道が見える。僕はある日、突然それに気づいた。銀の小道はあまりにもひっそりとそこにあったし、明日消えても誰も気づかないだろう。誰の記憶にも残らない、そんな風情に僕は惹かれた。
 その日から僕は、銀の小道を確認するようになった。と、言っても一日の大半はそんなこと忘れている。だけどY字路を曲がると決まって思い出した。まるで変な魔法でもかけられたみたいだ。今日こそ跡形もなくなっているかもしれない。そんなことを思いながら、わざとゆっくり歩き、逸る気持ちを押さえる。ろうそくの炎のように、ほんの少しの感情の揺らぎで掻き消えてしまうかもしれない。そんなバカバカしいことを僕は本気で考えていた。
 銀の小道の入口には、くすんだ色のサンタクロースがいる。背丈が小さく、サンタというよりは小人や妖精に近い。きっと一年のほとんどを奥で過ごし、風呂には入ってないのだろう。
 自分が銀の小道に足を踏み入れることはなかった。足をとめ無粋に覗き込むようなこともせず、ただ通りすがり横目で確認する作業に徹した。午前2時でも午後5時でも、淡いオレンジの明かりは全く同じに燈されている。時間なんて概念はそこにないのかもしれない。そして僕はまだ一度も、人のいる銀の小道を見たことがない。
 僕はだんだん不安になってきた。銀の小道は本当にそこにあるのだろうか。僕以外の誰の目にも映っていないんじゃないだろうか。Y字路を曲がれば必ず頭に浮かぶ。そして今日も消えることなくそこにある。なのに、確かにある、と僕には言えなかったし、言う相手もいなかった。さて、どうしよう。思いきって入ってしまおうか。
 その時、サンタの後ろに微かな気配を感じた。思わず立ち止まり目を凝らす。枯れ木の間から見えたのは、紺のエプロンをしたおばさんだった。僕は大袈裟に顔を背け、坂を駆け上がった。そこはもう幽遠な銀の小道ではなく、住宅街の片隅のどこにでもある婦人洋品店だった。
 それからも「銀の小道」に客らしい姿を見ることはなかった。午前3時、相変わらず店からは微かな光が漏れている。営業中の看板と、くすんだサンタクロース。営業時間も営利目的も不可解だった。もしかしたら僕を待っているのかもしれない。リースの掛かった扉を開けば、あのおばさんが眠い目をこすりながら出てくるだろう。だけどこの地を離れたら、きっと僕はすぐに忘れる。
 Y字路を曲がる度、多分僕は祈っていた。今日こそ消えていますように、と。幻のように消えた銀の小道を、僕だけの記憶に鮮明に残しておきたかったのだ。
 






























SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送