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終点
 
 銀座線の端へ着くまでの時間、吉行淳之介の「葛飾」を読んだ。二子玉川の住居から葛飾の病院へ行くまでの道程が、羅列にも似た感じで克明に描かれている。知っている。次も、その先も。矢継ぎ早に出てくる地名によって頭の中で描かれる地図は、自分が思っていた以上に鮮明で、何やら妙に感心して暫くその出来映えを眺めた。東京で暮さなければこの恍惚もなかったのだ。そう考えると、この2年は決して無駄じゃないように思える。
 しかし、浅草の手前でとうとう解説まで読み終えてしまった。手持ちの吉行淳之介はこれで全てだと気づき、何てもったいないことを、と途方に暮れた。辺りを見まわすと、あんなに賑わっていたはずの車内にさっぱり人がいない。
 地元の路線バスはよく私を車庫まで運んだ。降りる所が終点の場合、降車ボタンを押さないのが暗黙のルールになっている。だが、運転手は時々私に気づかず、ノンストップで車庫へ乗り入れる。このまま存在を消されてしまうのでは、と慌てた私の顔を見て、運転手も驚く。それからごめんな、と照れたように笑う。砂利の敷き詰められた小高い丘では、色褪せた四角いバスたちが夕焼けに滲んでいる。一瞬心許ない気持ちになるが、少し長くなった家路を歩くのは嫌いじゃなかった。
 車庫まで連れて行かれる勢いだな。誰もいない銀座線に、ふとその情景を思い出す。情けないような、それでいて好奇の混じった感情が私を包む。気づかれなかった自分の存在を惨めに思うも、特別な場所へ来たのだ、という優越感が勝るあの気持ち。
 わざと息を潜め、どうなるかしらと愉しく思う。もちろん地下鉄は過ぎることなく終点で止まる。当たり前か、と短く溜息を吐き、扉に近づいて唖然とした。見事に気配を消していたおばちゃんが、優先席からすっと立ちあがったのだ。一人じゃなきゃ成り立たない世界だったのに、吉行淳之介よろしく今まで自分が考えてたのは何だったの、と心底口惜しくなった私は、ものすごく恨めしい顔でおばちゃんを睨んだ。
 






























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