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秋生(4)
 
 無職になった秋生とわたしはおかしなアルバイトを始めた。携帯の出会い系サイトのサクラだ。ビルのワンフロアでひとりひとりパソコンの画面に向かい見えない男たちへメールを打つ。だけどただ送ればいいってものでもなく、日に日にその奥の深さが見えてくるのだった。秋生はそこで頭角を現した。まるでそのために生まれてきたみたいに自分の世界を作り上げ、男たちを魅了し、成績をぐんぐんとあげ、幹部にならないかとしつこく誘われるほど仕事をうまくこなしていた。わたしはコツさえわからず、何十人もの男たちと交わす約束の日々にただ怯え、家に帰っても心は休まらず、秋生といても話すことがなくなっていった。わたしは目に見えるほど情緒不安定で、いつも暗い表情をし、時には泣いたり狂言を吐いたりして、秋生も手に負えないようだった。秋生のメールは誰にでもやさしかった。いやらしさの中にも気品と心遣いがあった。ただただえげつないことを一方的に送りつけるわたしのメールとは明らかに違っていた。
 ある日、秋生のベッドに横たわりながらわたしは「死ぬ方法ばかり考えている」と言った。毎日毎日それは具体的になってゆくと泣きながら言った。秋生はわたしの手をとり自分の頬にあてた。
「俺、泣いているでしょ?死んだらだめだよ。そんなこと言わないで」
 秋生の濡れた頬は朝露みたいだった。暗い部屋の中でも白んだ空の下の朝露みたいに澄んでいるのだとわかった。わたしの涙と秋生の涙は違うのだと、そう感じた。
 円形脱毛ができたのをきっかけに、わたしは辞める決心をした。もう潮時だ。そのことを一番偉い管理者に言うと「今時すごく純粋なんだな」と少し笑った。純粋?その言葉は前にも聞いたことがある。そう、あの時も夏だった。
 甲虫の蛹は成虫の形をしていながら中はドロドロだという。わたしはメスのようなもので、さっくりそれを切り開く。クリーム色がとろけてゆく様を眺める自分を何度も想像する。
 どうして・・・どうしてそんなに純粋なんだ?
 決して褒めてはいないその言葉の意味。だけどわたしは繰り返す。
「わたしは純粋です」
 そうじゃなければもっとうまく生きられたはずだ。果してそれはわたしの望んでいることだろうか?
 
 秋生が猫を預かったと言う。見に行けば目つきの悪い白と黒のぶちがしなやかな体で部屋を歩き回っていた。時折秋生の足に擦り寄りかわいい声でにゃーと鳴く。「名前は?」と訊くと「・・・わかめ」と恥ずかしそうに言う。自分がつけた名前ではないのに変な人だと思いながら、柔らかなそれを持ち上げ顔を寄せてみると、おでこを真一文字に切り裂かれた。痛いというより衝撃的だった。鮮血の滲む感覚。本当は暫し呆然としたかったが、秋生の前では笑いながら平気なふりをするのがやっとだった。いつものわたしの居場所にわかめはいた。すました顔をして居座っていた。秋生の手はわかめに添えられていて、わたしはこの部屋でどうしたらいいのかわからなかった。
「帰るね」
 午前2時。そう言い放つと秋生の言葉も聞かずに鞄を掴んで部屋を出た。早足で歩きながらどちらに嫉妬しているのだろうと考えた。懐かれている秋生に嫉妬したのか、構われているわかめに嫉妬したのか、考えながら本当はそんなことわかりたくもなかった。まだわからないうちに秋生は追ってきた。理由を訊かれてもわたしは答えられなかった。わたしにできることはただがむしゃらに歩を進めるだけだった。環七まで出てわたしは初めて振り向いた。止めてほしかったけどそう言うのは癪だった。だから笑って「さようなら」と言った。
「踊ろう?」
 突然差し出された右手を呆然と見つめるわたしにかまわず、秋生はぐっとわたしの左手を引いた。身体が引き寄せられふたりの距離が近づく。秋生はわたしの右手もとりステップを踏み始める。
「クイック クイック、ほら足出して」
 言われるがままに秋生の足のあとを追う。
「クイック クイック クイック クイック、はい、ここでターン」
 わたしは振りまわされるように一回転する。ねえ、こんな真夜中の環七でなんでわたしたちは踊ってるんだろう。ねえ、さっきまでわたし怒っていたのになんでわたし回ってるんだろう。2回ターンしたところでわたしは笑いを堪えきれなくなって秋生に抱きついた。秋生はずるい。こんなことされたらふわふわしちゃってバカバカしすぎて愛しくさえなってしまう。鼻を押し付けた秋生のTシャツからは生乾きの洗濯物の匂いがした。いつもの秋生の匂いだった。
「もう帰るなんて言わないよね?」
 どうしてこの人はわたしの心をコントロールするのがうまいんだろう。
 


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