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秋生(5)
 
 その日わたしは鬱だった。秋生の家に行くのさえ面倒だった。相変わらず部屋にはわかめが居座っていた。わたしはベッドに黙って転がっていた。秋生は心配した様子だったけれど、今日はうまい言葉が見つからないようだった。
「わたし、佐内さんとつきあおうかな・・・」
 ベッドから秋生の顔も見ずにわたしは呟いた。
「それってどういうこと?ねぇ、それってそんな体制で話す話じゃないだろ」
 わたしは上目遣いで秋生の表情を見遣った。至極真面目な顔をしていた。少し怒っていたかもしれない。
「だって、秋生はこれからどうするつもりなの?どこにも就職しないでずっとアルバイトで生活していく気なの?わたしのことは・・・どうなるの?」
 嫌な話だった。わたしだってこんなこと言いたくなかった。だけど秋生の真面目な表情を見ていたら言ってやりたくなったのだ。秋生が耳を塞ぎたくなるような話を。
「わたしは不安なの。秋生は35で結婚すればいい。だけどわたしはその時36だよ。それまでこのままつきあっていけると秋生は本気で思っているの?」
 わたしは涙ぐんでいた。秋生はいつもその場しのぎで、先のことなんか見えていないんだと思った。
「・・・わからない」
 秋生は本当にわかることしか答えない。返ってくる返事はわたしの想像していた通りだった。
「就職、してほしいの。今は何もやってないじゃない。いつまでには決めよう。それがどんどん長引いている。本気で仕事を探す気なんてわたしには見えない」
 秋生はそうだね、と言って顔がぐちゃぐちゃになっているわたしの肩を抱いた。そしてぎゅっと抱きしめた。
「・・・提案があるんだけど・・・一ヶ月の猶予をもらえないかな。その期間で俺が何もしなかったら涼子は俺を振っていい。仕事探すよ。真面目に本気で探してみるよ。ごめんね。俺だって涼子のこと何も考えてないわけじゃないんだ。・・・合鍵作ったんだよ。今日渡そうと思って」
「・・・合鍵。わたし合鍵なんてもらうの初めて」
「俺だって渡すの初めてだよ」
 手のひらに置かれた小さな鍵は銀色でひんやりとしていた。これは「愛鍵」なんだと思った。秋生とわたしの愛の鍵。いつでも来ていいからね、と秋生は言った。わたしは共有できるものが、自分への信頼がとてもうれしかった。
 その日はセックスをした。今までわかめがいるせいで躊躇っていたけれど、今日はどうしてもしたかった。わかめはベッドのふちから顔を出し、じっとその行為を見ていた。このエロ猫、と秋生が言ったのでエロ猫・・・と繰り返して少し笑った。
 
 秋生の転職活動は思ったよりも早く開始した。見慣れないスーツ姿の秋生はミスドで履歴書を書き、駅で写真を撮った。改札を抜けてゆく秋生の後姿はすごく儚げで今にも消えてしまいそうだった。姿が見えなくなるまで見送った。自分がものすごく残酷なことをしているような気分になった。
 


































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