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■ いつもと同じ日常

 夜の7時に目が覚めた。LANケーブルを購入しないと今日はネットに繋げないことを思い出し、5分で着替え外へ出た。雨はいつやんだのだろうか。確かめようと空気を思いっきり吸い込むと、二つの肺は外壁工事のシンナーでいっぱいになった。ヘッドフォンで耳を塞ぎ、歩きながら煙草に火をつける。いつもと同じ道をいつもと同じように。違ったのは乗った電車の方向くらいだ。

 キミはもういないであろう町を通り過ぎる。昨日飲んだメロンソーダの味を思い出す。濃い不自然なくらいの緑と舌に残る合成の甘さ。窓から見える景色はモノクロ写真みたいで、案外僕は平気なのかもしれない、と思った。

 一度しか来たことのない駅で降り、交番で電気店の場所を聞いた。LANケーブルとモジュラーコードを手にしたところで蛍の光が流れ出した。これさえあればあとは繋ぎ放題だ。単純に新しい世界が見えてきたような気がして、僕は青に変わった横断歩道を勢いよく渡った。

 ホームに着いていた急行電車に飛び乗り、ドアの横の位置に立つ。そうだ、キミからもらった自転車をいつか取りにいかなければ。まだ東京の距離を分かっていない僕は窓の外を眺めながら、どこまで行けるのだろう、と考えた。鼻腔に突き刺す痛みを感じながら、新しいどこかへ行こうとそればかり考えていた。


                                                       2001 5 31





■ キミはバカだ、と本気で思う

 その事実を感情は追い越してしまった。何もかも切なさに結びつけ、このまま、リアリティのないまま、遠く離れてしまえたらと思った。会わねば後悔することも、会わずにはいられないことも分かっていた。だけど僕はそれを先延ばしにした。リアルな感傷を先延ばしにしていた。

 午前1時にチャイムが鳴る。僕は部屋の明かりを消し、逃避の為の寝巻きに着替えたところだった。こんな時間に誰だろうなどと考えるほど自意識は欠乏していない。こんな時間だからこそ、絶対キミだと確信していた。2度目のチャイムが鳴る。僕はのろのろと立ち上がり、寝巻きのままドアを開けた。少し髪の短くなったキミが、外界とを隔てるチェーンの向こう側に見えた。「何してるの。連絡もとれないし。首でも吊ってるのかと思った」僕はその場にへたり込み、「死んでるわけないだろ」と苦笑混じりに答えた。「上がらせてもらうよ」と言うキミを「ちょっと着替えるよ」という言葉で押し留め、感情の代わりに散らかっていた弁当の器を片付けた。

 「この部屋、何だかもやっとしている」煙草の煙かとも思ったが、天井を見上げると確かに乳白色の靄がかかっているように見えた。「早過ぎるんだよ」「キミのいない東京での自分が想像つかないんだ」僕は黄色くなった壁の隅を見つめながら、ポツポツと支離滅裂な感情を吐いた。「人のせいにしてばかりだ。人に頼り過ぎなんじゃない?」至極尤もな言葉にも「どうせ明日までなんだから聞けよ」と開き直った。「直情的にものを言えば僕の考えてることなんてこんなもんだよ。だからいつも客観的に、感情を整理しようとしているんじゃないか。一体どうしろってんだ」最後はもう一人言に近かった。子供じみたことを言っているという認識くらいあった。それでも外れた箍はもう元に戻らなかった。たまたま犬に噛まれたつもりで聞いてくれ、と自分勝手に願った。「じゃぁさ、一体どうだったらシアワセなの」喉まで出かかった言葉を飲み込み僕は分からない、と答える。言ってはいけない言葉の判断がやっとついたところで、見えないくらいの僅かな余裕が出てくる。「とにかく明日一緒にご飯を食べに行こう。それから何もないうちへ来たらいい」「明日もどうせこんな調子だよ」「それでもいいよ」とキミはやさしく言った。

 キミが帰ったあと僕は泣いた。自己嫌悪より爽快感のほうが勝った、そんな僕の言葉を受けとめ、それでも僕に会うと言うキミをバカだと思った。帰り際、ビールの空き缶を横目に「それで家を造るんだ」と言った僕のことを、キミは半笑いで心配そうに見つめた。真に受けんなよ、と口に出してみようとしたが、嗚咽で言葉にならなかった。

                                                       2001 5 30





■ ありきたりの陳腐な別れのシーン


 同じ別れなら置いて行かれるより置いて行く側でありたい。誰かの姿が見えなくなってから一人で泣くのはもうこりごりだ。置いて行く僕は泣いたりしない。誰かがいなくなったことが哀しいんじゃなくて、置いて行かれた自分が哀しい。だから可哀相な自分に涙を流したりする。そんなことは目に見えているんだ。客観的に自分を見るのはいけないことか?こんな考えしかできない僕を憐れむ?じゃぁどうやってこの気持ちに治まりをつければいいのか頼むから教えてくれないか?僕にはこんな諦め方しかできない。客観的な自分が冷めた目で見下ろすくらいでしか涙を止める術を知らない。

                                                       2001 5 28





■ それぞれ仰ぎ見る空

 何もする気は起こらなかった。PSを横目に冷蔵庫からビールを取り出す。喉越しを意識しながらゴクゴクと飲み下してみても、ただ喉の奥が苦しくなるだけだった。意識が遠のくことを期待しながら瞼を閉じる。瞼の裏ではアメーバのような物体がゆっくりと不規則に形を変え続ける。ふと泣いてみようかと試みるが、別段哀しくもない僕はすぐにバカらしくなってやめてしまった。何かおいしいものが必要だ。帽子を目深くかぶりコンビニへ向かう道すがらそれが何か考えることに集中した。おいしいもの?分からない。自分の欲求が自分ですら分からない。灰皿に煙草を押しつけ力任せに扉を開くと軽い眩暈を感じた。(おいしいものを探しにきました)心の中で繰り返しながら冷蔵ケースを覗く。目に留まったアメリカンチェリーを口に含む自分を想像する。それに行動へと移す力はない。

 分からないまま分からないものを手に来た道をひきかえす。僕はわざと咳をしてみる。そして何かが絡んでいるような、客観的に耳に届くその音に満足する。紺碧に貼りついた精鋭な月。僕は突然冷淡な気持ちになり立ち止まる。 なぁ、一度だけセックスしよう そして何もかもなかったことにしよう

 「おいしいもの」に変わることのなかったよく分からないものを処理した後、何をするでもなくパソコンを立ち上げぼんやりしていた。見てもいなかったTVドラマから流れる「遥か」に、急に意識は現実へ引き戻される。画面を眺める僕の目にドラマは映っていない。ただ、いつの間にか僕は泣いていた。


                                                       2001 5 27





■ 焦点の合わない世界

 折り目のない薄いピンクの紙は僕の手の中で820円に変わっていた。地下鉄の階段を下る前に真新しい煙草を開き一本火をつける。落着きを取り戻すためにゆっくりと、目に映るもの、耳に聴こえるものだけ反芻しようとする。ミスタードーナツ… 悲しみをぶっとばせ…今すぐスピードを上げよう… 吉野屋並盛290円… 悲しみを…ぶっとばせ?ハハ、かっこいいね。短くなった煙草でいつのまにか皮肉に変わっていたことに気づく。携帯灰皿を持っていなかった僕は溜息をつき、火の消えた吸殻を指に挟んだまま階段を降りる。

 僕は時折冷たい目をする。知り合いが見たこともないような表情を貼りつけることができる。自分自身鏡に映したことはないが、そんなことは確かめるまでもない。焦点の合わない世界だけで充分だ。

 甲虫の蛹は成虫の形をしていながら中はドロドロだという。僕はメスのようなもので、さっくりそれを切り開く。クリーム色がとろけてゆく様を眺める自分を何度も想像する。

どうしてそんなに…

 電車の進入を感じた瞬間飛び込んでみようかという衝動にかられる。目的は死ではない。飛び散った肉片や脳髄をただ見たいだけだ。本当にそれらを目にした後で心がさざめくことも、嫌悪感に襲われることも容易に想像できる。でもその想像は衝動を押さえ込むのにあまりにも無力だ。

どうしてそんなに… 純粋なんだ?

 一瞬耳を疑う。 純粋? 何故「純粋」という言葉が出てきたのだろう。何か言葉を取り違えたのかもしれないし、哲学的な意味合いで使ったのかもしれない。 −感覚的なことや経験的なことを含まないさま− 辞書を引き、何となく解した気になってみる。その口調には明らかに僕を責めている響きがあった。責めている、というよりも嘆きや慰めに近かったかもしれない。それでも僕はそのフレーズを敢えて褒め言葉のように捉え、小さな声で呟いてみる。

「僕は純粋です」


                                                       2001 5 25





■ 穏やかな風景を確かに見てしまったんだ

 見通しの良い平原を、僕はゆっくりと歩いていた。初めて通るこの道の目に映る全てのものが穏やかで暖かい。周りを見渡し、耳を澄まして、足りない何かを補う作業に僕は一生懸命だった。どこまでも続いていくのだと信じていた。回り道でも構わない。続くことを信じなければ足を踏み出すことができなくなりそうだった。 本当にこの道で良かったのだろうか… 目に映るものだけを信じてみることにふと、虚しさを感じる。あっという間に視界は深い霧に覆われる。空気が薄くなったのか、胸が苦しい。何も見えない。僕は立ち止まる。立っているこの場所には確かに道があった、そんな当たり前のことが全て嘘に思えた。穏やかな風景の残像すら目の奥に映らない。ここには見覚えがある。そして僕はその閉塞的で覚束ない世界に居心地の良さを覚える。生ぬるい泥土にずぶずぶと頭の先まで浸かってしまいたくなる。拭い去りたい、置いて行きたい、大嫌いな自分。それなのにこの安心感は何だろう。見えていたと信じた先もどうせ全てはここへ通じているんだろ。そう思えば楽じゃないか?動き出すことなんてどうせ無意味だ。なぁ、そうだろ?

 懐かしい言葉。そして大半を占めている僕だ。だけどまだ虚勢を張る。魚眼レンズを覗いているつもりで虚像の世界を、現実にしようと傲慢になってみたりする。先は続いているし、ひとりでここを歩いている気になったところで、もう誰かしら通り過ぎているんだ。


                                                       2001 5 23





■ 後悔しているのか、と問われればそれは違う

 こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。もっと余裕を持っていられるはずだった。そう、少しの懐古と大人側の視点で、この物語を観るはずだった。男と一緒の母親を偶然見かける、親子揃って映画に出かけた夜、浅はかで残酷な嘘、鉄格子から見る遠ざかる街の灯。真っ先に僕が感じたものは 「憎しみ」 だった。もう完全に忘れてしまった、そしてこれからもあんな気持ちは抱かないだろう と信じて疑わなかった憎悪だった。許すつもりはなくとも、朧気に、曖昧に、柔らかいものに包まれていると何年も思っていたのだ。僕は大人側に感情移入するつもりでビデオをセットしたはずだった。入れ物と中身の見合ってない自分に何度気づかされれば大人になれるのだろう。僕は未来に対してあまりにも想像しなさすぎる。昔 「どんな親になりたいか」 と恋人に聞かれ、僕は 「考えたこともない」 と答えた。「じゃぁ、今考えて」 と促されても頭に浮かぶものは偶像ではなかった。「こういう親にはなりたくない」 ただそればかりで、じゃぁどうしたらそうならないのか、その答えが分からなかった。僕はまだ、執拗に父を憎んでいる。その事実と、それでも血の繋がっている自分はきっと同じことを繰り返すのだ という確信にも似た気持ちが入り交じる。

 授業をさぼっていた僕を空き時間の音楽室へ招き、何を話すわけでもなくただ、あたたかい紅茶をいれてくれた音楽教師。そんな大人に僕はなれるんだろうか。


                                                       2001 5 21





■ 青い闇を突き抜けて

 ここ最近何を考えても一巡して最初の疑問に戻る。考えねばならないことと放棄すべきことの境界線が解からない。思考、放棄、諦め、悟り。どの感情にどのくらいの容量を用いるべきなのか、一体何が信念なのか。思考するふりをしながら、実は何もかも諦めてしまっているんじゃないか?何もかも悟ったふりをして、全てを放棄しているんじゃないか?前向きなふりをして、本当は逃げているだけなんじゃないか?その疑問符を 「でも」 や 「だって」 で打ち消す。図々しいくらいの虚栄心で開き直ってしまえたらいいのに。そんなことを思う傍ら、それも結局放棄や諦めに繋がるのだろうかと考える。断言することに臆病になっている自分が、本当は何を恐れているのかも解からない。

 蝶がゆらゆらと僕の前を横切る。真っ白であろうその蝶は星も見えない青い闇の中、夜桜みたいに幻想的だった。道端に立ち止まりしばらく目で追っていると、何かを突き抜けたように高く高く昇っていった。 僕もあの蝶のようになれたら そんな感情が出てきそうになった自分に吐き気がした。


                                                       2001 5 20





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                                                       2001 5 19





■ 本当の日常を書いてみようか

公共料金を支払う為コンビニへ行く。
「\16830 です」
兄ちゃんやる気出せよ… と思いながら 17330円 出す。
僕はおばさんのようなお金の出し方をする。
どう出せば硬貨が一番少なくなるか、それを一瞬で考えるのが好きだ。
兄ちゃんは少しの間そのお金を見つめた後、レジに打ち込んだ。
まず5000円札、それから500円玉が一枚返ってきた。

あんな全力疾走は久しぶり。


                                                       2001 5 18





■ 夏の子供

 窓を開け、ふくらむカーテンに時折目をやりながら僕は本を読んでいた。空気は梅雨を通り越して夏の匂いがした。気持ちは散漫になっていて、どうしても目で追っている文章を頭に入れることができない。諦めて本を閉じ、植物に水をやり、外へ出る身支度を始める。

 夏は苦手だ。ヘッドフォンから流れる音はブリッジから松江潤に移る。90年代で止まってしまった僕の音楽に、今日の空気はぴったり合った。風を切るような凛とした気持ちになるのは、今日が本当の夏じゃないからだ。慌てて自分に言い訳をする。

 地下鉄のホーム、電車が滑り込む前の強い風、車内のひんやりとした冷房。あと数ヶ月すれば何度となくこんなことに心地よさをおぼえるのだろう。 これだけ空いていれば迷惑はかからないよな ガラガラの車内でボリュームを最大に上げ、瞼を閉じると目の奥が鈍くじんわりと痛んだ。途中の駅でドアが開く。カバンに身体の追いつかない子供達が重なるようにシートに飛びつく。そこに参戦しなかった者が傍らに立つ。性格が出るな、と心の中で呟く。目的地に着くことを知らせるアナウンス。子供達はもうドアの前で飛び出す瞬間を待っている。僕はひとつドアをずらし、横目で夏の象徴のような彼らを眺める。視線を戻すと僕の前にひとりだけ、僕と同じように彼らとは別のドアが開くのを待っている子供がいた。小さい手にはハードカバーの本が握られている。思わず声をかけそうになった自分を開いたドアでやっとの思い押し留めた。
「キミと話がしたい」
素直にそう思った自分に笑い出しそうになった。ホームを降り彼らと一緒に階段を駆け上がる彼のアンバランスさ。そんなことが眩しく、そして羨ましく感じられた。


                                                       2001 5 15





■ 誰にでもやさしくなんかできない

 ずっとキミの存在を無視し続けていた。僕に好意を抱いているのは明らかだったし、何を求めどうしてほしいのかも気づいている。だけど興味のない人間に僕は冷たい。自分の利益だけで人とは付き合えない。「全然連絡がとれないから嫌な男だな、と思ってた」 携帯のタイマーと間違え、うっかりとってしまった電話から届く言葉。寝ぼけている頭が急に冷えた。「そう思ってくれて構わない。僕は嫌な男だよ。」 冷静になったついでに冷たい、それでいて的を得た言葉を吐き出す。「…冗談です」 相手は困ったように笑う。冗談なんかじゃない。本気で言ったはずだ。折角正直に僕に向かって投げた言葉をどうして自分で誤魔化したりするのか。最後の言葉がなければ少しは僕の態度も変わったかもしれないのに。そんなところが嫌いなんだよ。弱くて不安定な自分を勝手に曝け出して、心を開いていることをパフォーマンスする。気持ちがないのを知っていながら物や金で媚を売る。うんざりだ。僕の世界にキミはこれっぽっちもいない。それとも色々なものを受けとって、この関係に上下があることを思い知りたいのか?一体僕の何を分かってるっていうんだ。本当の名前すら僕は教えていない。


                                                       2001 5 14





■ 「忘れないで」

 ずっと一人でいられなかった僕もいい加減一人でいることに慣れた。一人でいることに心地よさまで見出せるくらいに。だけどそれはいざという時に誰かいることが前提での話だ。誰かが僕を忘れていないこと前提での話だ。携帯やメールの着信で安心を憶える自分はくだらないと思う。そんなことに縋りつく自分を情けないと思う。もっと強くなれたら。いつか本当に一人でも大丈夫と思える日はくるのだろうか。
僕はどうしても誰かと話をしたかった。そして東京へ来て初めて 「誰かと話をしたい気分なんだ」 と打ち明ける電話をかけた。こんな自分はずっと閉まっておいたはずだった。何か自分への誓いを破った気分になった。
「昨日 インビジブル を観たよ」 とりあえず、のあたり障りない会話をふる。
「え?インビジブル?」
「うん、昨日観た」
「え、自分も昨日観た… 夜に…」
「マジで?」
「怖っ なんで同じ時間に同じ物観てんの」
「ほんとにな あはは 怖いね」
 僕もキミも滞っていた。僕のほうが長い間滞っていた分先に動き出した。それなのに今また動き出したキミを見て僕は少し淋しい気持ちになったりする。キミも動き出した僕を見て、そんな気持ちになったんだろうか。分かってる、勝手な言い分だ。不変なものなんてない。少しずつゆっくりと(時には急に)変わっていく。それを受け入れられる器くらいあるつもりだ。「忘れないでよ」 とキミは言った。僕は過去の人達を忘れたふりをしてきたけど、本当は口で言うほど忘れてはいない。忘れた自分の演出を強さに変えようとしていただけだ。忘れなくても思い出しても振り返ってもいいと思う。ただそこにずっと留まっていたくはない。僕なりにゆっくりと周りの景色を変えていきたい。だから変わっていくキミに縋りつくようなマネはしないよ。そしてキミのことを忘れたりしない。キミが僕を忘れたとしても、きっと僕は忘れたりしない。


                                                       2001 5 13





■ 思い出を忘れろとは言わないよ

 あまり寝ていなかったはずだ。ロフトで横になればすぐにでも堕ちていけそうなのに、何故かはしごを登る気にはならなかった。久しぶりのマルボロにTVのスタートレック。それは何年か前の二人で暮らした部屋を彷彿させた。

 午前4時に携帯が鳴る。こんな時間にかけてくるヤツは一人しかいない。こんな時間に起きているヤツが僕くらいしかいないように。着信を確認し、一呼吸おいて電話に出る。 「死にたくない?」 相変わらずの挨拶だった。 「NHKを見ていたら昔の曲がガンガンかかっててなんか死にたくなった」 僕はできるだけ明るく振舞った。シアワセを感知するアンテナが鈍っている彼に 「つまみでも作ってビールでも飲みなよ」 と勧めた。「何か楽しいことねぇかな…」 何もやる気が起きない、だから楽しいことも起きない、そんな堂々巡りな気持ちは理解できるつもりだ。だけど待っていても何も起こらない。これも事実だ。「死にたくない?俺と一緒に死のうよ(笑)」 冗談のようで割と本気の言葉。どうして人(特に男だ)は思い出に縋ってばかりいるんだろう。ドラえもんがいたら、とか あの頃に戻れたら、とかもう聞き飽きたよ。 〜だったら そんな意味のない考えを口にすることが僕には分からない。夢はないと思う。そんなこと考えても仕方ないじゃん、と思う僕はあまりに諦めすぎているのか。雷の音を合図に僕は傘を持たずに外へ出る。青空からの大粒の雨がアスファルトをあっという間に黒く染める。そんなことに楽しさを感じるのは全てを諦めてしまった過程からなるものか。 「俺がキミだったら多分もう死んでるね キミよりシアワセな環境なのに何もする気が起きないんだ 楽に死ねる方法ばかり考えている」 あのね、そんな簡単に死ねるなら皆とっくにポンポン死んでるよ。 簡単に死ねないから皆生きてるんじゃないか?1時間ばかり話をし、「またな」 と言って電話を切った。僕だって彼の気持ち全てが分からないわけじゃない。だからと言って、頑張れとか励ます言葉をかけるつもりもない。確実に死ねる方法は と聞かれれば、首吊りじゃないのか くらいのアドバイスはするよ。だけどそれが僕にできる精一杯の誠意だ。

「死ぬ時は一人です」 TVの中のスポックが言う。


                                                       2001 5 12





□ 更新報告

photoに 天空の世界 をアップ。


                                                       2001 5 11





■ ひとつのウソ

 鈍感になりたい と 正直でありたい は交互にやってくる。甘いものを食べた後にしょっぱいものが欲しくなるような、無限のループ。いくら考えても答えなど出ない。それでも開き直って放棄することができない。

 毎日働くことから逃れ、4ヶ月が経とうとしていた。毎日働くことによって健全な日々は約束されるのかもしれないけど、それによって失われる感性が僕は怖い。見落としたものに気づかなくなりそうな自分が怖い。こんなにゆっくりと過ぎる日々なんて一生続くとは思っていないし(続けばいいのに、とは思う)、誰かに支えてもらおうなんて考えるほど子供じゃない。僕は来月から仕事を始めるだろう。「何年も働いてきたんだ。たまにはこんな日々もいいだろ?」 来月まではそんな開き直りの言い訳をさせておいてほしい。健全な生活が始まっても感性は研ぎ澄ましておけるように。流され無感覚な人間にはならないように。それは傷つくことも多いけど、それでもまだ、本気で鈍感になりたいと望んではいない。

 僕は自分に嘘を吐くことを憶えた。それは前向きな嘘だ。大切な人達を苦しませない嘘。 自分を苦しませない嘘。それが誓いに変わる って全くその通りだと思う。


                                                       2001 5 10





■ 突き刺さる言葉

「冷たいよね」
数日間で少なくとも4人から僕に向けて発せられた言葉。ツメタイ…か。心の中で反芻してみる。元々冷たい顔がちな僕は今まで何度もこの言葉を聞いてきた。"冷たい" "とっつきにくい" "怖い" 僕の第一印象を言葉にしたらそうなんだろう。開き直っているつもりはないし、これでも感情を表す努力くらいはしてきたつもりだった。だけど僕のことをよく知らない人ならまだしも1歩踏み込んだ人ばかりに言われると、さすがに考えてしまう。僕から発せられる投げやりな言葉に原因はあるようだ。自分では気づかなかったけど、いつの間にか諦めや恥じらいや傷つきたくない自分を庇う 「べつに」 が言葉の節々に入り込む。「人にされたら嫌なことを自分がしてはいけません」 そんなことは小学校で習ったはずだ。それなのに僕は他人に甘えて口癖のように無意識に嫌な響きの言葉を使う。「本当は分かっているだろう?」 と言わんばかりに。人に冷たくされるのが怖いんだ。ぶっちゃけた話、常に自分が相手より冷たい立場でいたいんだ。でもちょっと反省したよ。もう 「べつに」 はなるべく使わないよう心がける。断言はできないけど、そんな僕を見つけたら何度でも言ってほしい。


                                                        2001 5 8





■ キャンディ



                                                        2001 5 6





■ 中華

 8ヶ月ぶりに降りた駅は相変わらず緑と犬が多い。酔っ払った勢いの夢みたいな口約束。別にキミが憶えてなくとも僕はそれでいいと思ったし、来るか来ないか分からないギャンブルみたいな昂揚感を割と楽しんでいた。地下鉄の階段を上り現実感のない待ち合わせ場所を目指す。 いる… いない… どちらに賭けようかずっと迷っていた。
キミはいた。僕は少し敗北感を味わった気にもなったが、もちろんいてくれたことに救われもした。酒屋のおじさんにお酒をチョイスしてもらい、キミの家へあがる。何本かのビールとキミの作った温かいチンジャオロースー。口へ入れた瞬間にそのことにものすごいシアワセを感じた。日常のほんの些細なことかもしれない。だけど僕のシアワセはいつもこんなものでいい。8ヶ月前この街の別の場所で僕は同じことを思っていた。そう、あれはマーボー豆腐だ。同じ街で同じようなシチュエーション、そして偶然にも同じ中華。少し笑いそうになった後、ピーマンが急に苦く感じられた。


                                                        2001 5 4




































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