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届けるよ いいの?
 
 デジタルカメラを手に入れてからフィルムを現像に出すことがなくなった。パソコンの中には3年分の写真が溜まっている。もしデータが吹っ飛ぶようなことがあればきれいになくなる3年間。目に映らなくなったものを忘れることは簡単。その時の気持ちさえも。jpeg30枚をFDに移しそれを写真屋でプリントしてもらった。忘れたくはないのだ。否定したくはないのだ。それを受けとめた今の自分でありたい。画面で見るよりも少し大きな30枚。ほとんどは風景。数枚の人物。そして自分。一枚ずつアルバムに収めた。全てが想い出に変わってしまったような、窓から射す西日の中にいるような、切ない気持ちになった。
 
 そろそろ自分と楓を統一できそうな気がします。「常温」は今日で終わりです。あっさりと何も言わず閉じてしまうことも考えましたが、それには自分の思い入れが大きすぎた。僕は男としてこのサイトを運営していましたが、実際の性別は女です。こんなことは知らさずにいるほうがよいのかもしれません。そういう曖昧な立場にいられることがwebの利点だし、webだからこそ全てを知らしめる必要はないのではないかとも思います。僕は試してみたかった。表では今更恥ずかしくて書けない感情や情景を書き出してみたかった。そこに誰かを騙すという目的はありませんでした。だけどこのサイトを続けていて心苦しくなったのは確かです。冒頭でフィクションだと言いなしたところで僕は私だったし、時には君や彼や彼女に私がいました。楓の言葉は私の言葉です。それは嘘ではありません。
 常温は更新を停止します。10月中はここを残しておきますが、いつか消えると思います。ログはここを消すときにこちらのサイトへ移します。テキストを書いた時はこれからこちらで更新します。気が向いた方は覗きに来てください。ただ私は楓よりももっと俗っぽい女です。がっかりされることが一番怖かったのだと思います。楓の文章を好きだと言ってくれた方々、本当にありがとう。「これから」があることを切に願っています。
 
                               2001.9.29


野菜ジュース
 
 TVの中で「かわいいかわいい」と繰り返すひなのを僕はアホかと思うわけだが、高く空気の澄み渡っている秋の空を仰ぎながらきれいなものだけで暮せたらいいのになと思う僕も寸分違わない。胸がむかついているので自販機で買った野菜ジュースはセロリの味だけが舌に残った。気持ち悪いのだけど気持ちいい。あまり使うことのないこの路線の名前は何となく忙しそうで前から気に食わなかったが、ホームには日が射しベンチはまだら模様になっている。電光ではない掲示板がパタリと回る。「もうすぐ電車がきます」ドアの横の手摺りにもたれ暖かい陽光を吸収する。パタリ。「ドアが閉まります。かけこみ乗車はご遠慮ください」コントの細かいネタみたいだ。誰かが回しているのだろうか。僕のイメージとは違い、朝の車内はさほど混んでいない。車掌の男のアナウンスはとてもやさしい。柔らかい語尾をもっと聞きたくて、終点と告げるその声をとても残念に思った。新宿の喧騒の中でも僕のまどろんだ気持ちは抜けかった。乗り換えた埼京線の電車の中でホームを挟んだ反対側の車両を眺める。人は四角い箱に押し込まれたスポンジ人形のようになっていたけど、僕はそれを楽しい気持ちで眺めていた。
 
                               2001.9.24


更新報告
 
          photoに「行雲流水」をアップ。
 
            
 
                               2001.9.21


夏の残像
 
 笛の音を聴いた。ような気がした僕は、スピーカーからだらしなく垂れ下がっている音を拭った。幻聴かと半信半疑で耳をすませたが、やはりお囃子は僕に向かっている。窓を開け半分身を乗りだし黒く湿ったアスファルトに目をやると、たくさんの人がやってくる気配があった。救急車のサイレンを聴くようにじっくりと時間をかけ、神輿と人々の掛け声をやり過ごす。姿が見えなくなりもう音も届かないことを何度も確かめてから窓を閉める。黒いアスファルトにはべっとりと夏の残骸だけが貼りついている。僕は一服した後サンダルをつっかけた。一旦外へ出てしまえば近所に神社も見つけられるだろう。路地へ出た僕の顔を雨粒のヴェールが包む。急いで捲ってみたがアスファルトは洗い流されたあとで、何も残っていなかった。
 
                               2001.9.20


落花流水
 
 雨はガラスの向こう側の壁を強く打ちつけては雨垂れとなって落ちる。滴の描く白い線は鳴り止まないピアノの弦のようだ。うまく調節のきかない屋外プールのシャワーみたいな雨を眺めながら、私はまた思い出していた。それは感傷というよりも条件反射に近い。
 
 彼は雨夜に自転車で私の家へやってくる。借りたばかりの古いアパート。室内の壁は板張りで、天井も爪先立ちで腕を伸ばせば手が届くほど低い。チャイムなど当然ついてないドアがゆっくりと2回ノックされる。ドアを開くとびしょ濡れの彼が人懐っこい笑顔で立っている。「こんばんは」くちびるから八重歯が覗く。私は彼の笑った顔が好きだった。私は昼に喫茶店でウェイトレスのバイトをし、彼は夜に寿司やでバイトをしていた。客足の途絶える雨の夜に、彼はふらりと現れる。家の近くで自転車を盗み、20キロ先の私の町で乗り捨てる。髪の先から水を滴らせながらいつも決まって「こんばんは」と言う。水と一緒にプレパラートに挟まってる微生物のような人だった。水に浸透し、何を考えているのか到底解からなくて、力加減を間違えればぷちんと潰してしまうような気がした。
 
 この夜も彼は雨粒を携えしっとりと邪気のない顔で笑っていた。部屋に入る前にぷるぷると頭を振る姿は、まるで散歩から帰ってきた犬みたいだ。違和感なく空気に馴染み、TVから流れていたラピュタに私の隣で最初から見ている風な顔をする。シータとパズーがパンに目玉焼きをのせて食べている。そういえばこの人がものを食べているところをあまり見たことがないなぁと思う。痩せすぎだし身長もあまり私と変わらない。飲み物くらい出そうかと立ちあがったその瞬間、切り裂くような甲高い音がした。部屋は真っ暗になり、ラピュタがシアターのように映し出される。思いがけないことが起こった時特有の時間の流れ。視覚、聴覚、触覚で感じたものを白い頭の中で繋ぎ合わせようとする。ちらちらと変わる映像の光にゆっくりと頭を上げる彼の姿が浮かぶ。蛍光灯が落ちたのだ。しかも彼の頭の上に。「どうしよう」自分の声で動揺しているのがはっきり解かった。彼の近くへ寄ろうとする私に、彼は「破片が飛んでるから危ないよ」と言った。「大丈夫、大丈夫」涼しい顔でそう繰り返しガラスを集める彼をただ唖然と見つめる。アンドロイドという言葉が頭を過ぎったその時、頭から流れる一筋の血が見えた。「血… 病院!」「大丈夫だよ。大したことない。それに俺、病院嫌いー」やっぱりこの人は人間だ。そんな当たり前のことを確認した安堵感からか、やっと私の頭は働き始めた。隅にあったライトをつけ、砕け散った蛍光灯の欠片をつまむ。「ねぇ病院に行こうよ」髪をかきあげた彼の指からぱらぱらと細かい残骸が落ちる。「俺は大丈夫。それより落ちたのが俺の上でよかった」泣き出しそうな私の顔を覗きこみ、少し首をかしげてやわらかく笑う。私は無力だ。いざというときにさっぱり役に立たない。コインランドリーが閉まって途方に暮れていたときも、乾燥機から私の服を救出してくれたのは彼だった。「あのさ、シャワー借りていい?」血が流れているのに水に浸かっていいのだろうか。「細かい破片を落としたいんだ」流れる水の音を聞きながら欠片の縁を指でなぞる。力を入れれば音も痛みもなく簡単に肉は切り裂かれそうだ。自分の血なら大丈夫なのにな。あまり見ることのない他人の血の色を思い身体の奥がひんやりする。シャワーから出た彼はいい匂いがした。Tシャツには点々と錆色になった血の跡が残っている。彼の頭をバスタオルで包むように拭きながら私は震撼した。「もしかして…頭洗ったの?」彼は あ、と今更気づいた風を装って「怪我してたの忘れてた」と子供みたいに笑った。私を安心させる為だけの彼の演技。私は呆れたふりをして小さく溜息をつく。鼻の奥がつんと痛くなる。髪をそっとかき分けてみると傷口は思ったほど大きくなかった。私は湿った頭に鼻をつけ、傷がこのまま消えなければいいのにと思った。
 
                               2001.9.12


秋は夕暮れ
 
 ビデオを返しに行かなければ。貸し出し期間は昨日までだったけど、冷たい秋雨でずぶ濡れになった僕はふてくされて部屋の隅で「できちゃった結婚」など見ていたのだから。僕は傘を持つのが嫌いだけど、今日こそ持って家を出よう。降りそうで降らないんだろ?仰いでそう言うときに限って降らせやがる。玄関は安っぽいビニール傘で埋め尽くされた。さぁいつでも来やがれ。朝から待ち構えている僕を、薄暮の空は虫の声ではぐらかす。9月になった途端虫の音だ。蝉はどこだ?8月の末日に僕は確かに蝉時雨を聞いたよ。奴らは暦が読めるのか。8月終了。ぽとり、ぽとり、ぽとり。耳にも肌にも秋が染み込んでくるから全身で秋を考えよう。秋刀魚、秋刀魚。食べたいな、焼こうかな、自分の為に台所に立つのもいいんじゃない?明日の帰りに網を買おう。煙が出るな。火災報知器は鳴るかな。かぼすと大根おろしがいるな。ししとうとやまいもも串に刺して焼こう。そんで塩ふって食べよう。早く早く。早く明日に。山吹色のさつまいものことなど考えてた僕に、遠かった蔦屋はあっと言う間。そして、もっと先の雪虫のことを考える帰り道の僕の手にビニール傘はないのでした。
 
                               2001.9.4


更新報告
 
          photoに「water」をアップ。
 
           
 
                               2001.9.3


ただ、それだけのこと
 
 ビデオを借りて帰る途中に個人経営の弁当やが一軒。店先ではカップルが椅子に腰掛け弁当が出来あがるのを待っている。のり弁を注文し店を見回すと、カウンターの端に小さな金魚鉢があった。僕はそれの近くに置いてある椅子を選んで腰掛ける。水底には青色をしたビー玉が敷き詰められ、水中には赤い金魚が一匹。揚げ物のシャワシャワとした音を聞きながら、僕は店主に気づかれないよう横目で金魚を見遣る。偽物のおもちゃのように思えたからだ。目、口、腹、鰭、色。おもちゃにしては精巧すぎる。やはり本物なのだろう。顔を近づけ正面から見つめる。目は濁っていない。キョトンとした顔をしている。金魚は水面に横になっていた。飲食店の店先で赤い金魚は死んでいた。自分が死んだことにも気づかない風に。
 
                               2001.9.2




































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